好奇心はいつだって、新しい道を教えてくれる

好奇心はいつだって、新しい道を教えてくれる

『越境トーク』~「未来を生きる子どもたちにいま何を教えるべきか」~

【基本が一番かっこいい】

-14-1 MCSクリタ:太田社長-

 

 

越境トーク第14弾は、

   オートバイは、体を鍛えるエクササイズであり、災害時には救援活動で活躍できる乗り物であると語り、世の中のバイクに対する印象を変え、モータースポーツをもっともっと世の中に普及させたいと尽力する、バイク店を経営する太田社長です。

 太田さんは、35歳でバイクの世界戦に初出場、58歳の時にはバイクの世界ワールドカップに親子で参戦した経歴を持つ、アジアを代表する凄腕のライダーでもあります。

   全3回の今日は第1話です。

 

 太田さんがなぜバイクとともに歩むようになったのか、現在に至ったストーリーを語ってもらいました。

 

1 出合い(ハプンスタンスアプローチ) 

 

太田さんの人生での出合い ~その1「師匠との出逢い」

『 』内は、太田さんの言葉を表します。

『 中学生の頃は、負けん気が強く、強い者に向かっていくことが好きで、よくケンカもしました。

強いものに勝てば威張れるし、強いものに負けても美学だと思っていました。

そういうマインドがいまでもあって、これはと思ったことには、やり抜くって気持ちで挑戦していきますね。

 

中学時は野球をやってました。
周りにはその力が認められていて、高校→実業団野球という進路選択も開けていました。


ちょうどその頃、近所のお兄さんがオフロードのレースに出ていて、よくバイクをいじっており、お兄さんの影響で私もバイクに魅了されていきました。

いつかバイクの仕事がしたいと思い、あっさりと高校に行くことをやめてしまいました。


中学卒業後トラックの修理工場に就職しましたが、その工場のすぐそばに「クリタさん」のバイク店があり、よく立ち寄るようになったことが、バイクの世界に足を突っ込んだきっかけです。


バイクに触れる内に自分もレースに出てみたくなり、クリタさんに相談すると、メーカー主催のレースを紹介してくれました。

出場するとぶっちぎりで優勝、周りから「お前は天才だ!」と言われ、その後バイクの道に進んでいきました。


私はとても運がよかったと思いますが、いま思えば、ほんのちょっとした出逢いが人生を変えていったと思います。

裕福な家庭でもなかったし、勉強で勝ち取ったわけでもないけれど、クリタさんからお店を任され、その後世界戦に参戦するなど、本当に運がよかったと思います。


いろんな人に良くしてもらい、いろんな支援をもらって、ここまでくることができました。

 

 

太田さんの人生での出合い ~その2「世界との出会い」 

 

『 35歳で初めて世界戦「BAJA1000」(メキシコの砂漠を駆け抜けるオフロードレース)に参戦しました。

およそ1000マイル(1600㎞)を1日で走り抜ける過酷なレースです。

この耐久レースは、通常3人1組で3人がリレーしながら走り切るレースですが、私は、自分の限界を知りたいという思いから、1人で挑戦しました。


レースには110台のエントリーがあり、完走は61台、私は41位で、1人で完走したのは私ただ1人。
他にも1人で挑戦した人はいましたが、完走できませんでした。

またこの時の平均時速52㎞は、1人でのレース速度としては過去最高の記録をつくりました。

 

その後も世界戦に何度か参戦しましたが、海外に出ることで、凄い人をたくさん見て、たくさん出逢うことができました。

このため、子どもにはもっと早く世界を見せてやりたいと思いました。

 

 

太田さんの人生での出合い ~その3「イタリアの親との出逢い」

 

『 息子2人には、3歳からバイクの乗り方を教えましたが、中学、高校時代にはスポンサーがつくほどに成長していきました。

中でも、イタリアに熱心に応援してくれるスポンサーがいます。


実は、ちょっとしたストーリーがあります。


日本でバイク輸入業を営む、元レース仲間のTさんがいます。

ある時Tさんが、バイクイベントを行う会場を探していたので、「うちのコース使っていいよ」と、コースを提供したことがありました。

 

Tさんがコース見学に来たちょうどその時、たまたま当時中学生の息子(次男)がコースを走っていました。

Tさんは、息子の走りを見るなり、素質を見抜き、イタリアで学ぶことを勧めてくれました。

息子は進学する高校も決まっていましたが、Tさんの話を聞き、「イタリア行き」を即答してしまったのです。

まだ15歳でしたので、イタリアでは前例のないことだったようですが、Tさんの交渉で、アチェルビスという企業の会長さんが3カ月間という約束で預かってくれることになり、息子はイタリアに修行に行きました。


ところが、会長さんが息子をとても気に入ってくれて、一緒にバイクでイタリア国内をあちらこちらに連れて行って経験を積ませてくれました。

結局3カ月の約束が1年も修行をさせてくれました。


まるでシンデレラボーイのような話ですが、こうして息子にとっては「イタリアの親」とでもいうような存在ができたのです。

アチェルビスの会長さんとの出逢いは、我が家の人生を変えるほどの出逢いでした。

 

その後・・・

長男は、大学卒業後にイタリアに修行に行かせてもらいました。

イタリアでエンデューロ競技(オフロードバクによる長距離耐久レース)に出会い、帰国後エンデューロレースに参戦し、日本チャンピオンになりました。

そして、2009年エンデューロ世界選手権・ポルトガル/スペイン大会にアジア人として初参戦しました。
アジア人が世界選手権のスタートラインに立つというのは、初の快挙で、歴史が変わる瞬間でした。

 

 

次男は、兄の背中を追ってエンデューロレースに参戦し、今では日本代表にまで登りつめています。


私自身は、私と息子2人の3人で世界戦参戦という夢をもっていましたが、58歳の時に念願が叶い、3人で「クラブワールドカップイタリア大会」に参戦しました。

 

 

 

好奇心はいつだって、新しい道を教えてくれる

~ウォルト・ディズニー

 

太田さんは、
「人と同じことをやっても面白くない。変わり者と言われることを後ろめたいと思う人にはできない事でしょうけれど、私は、人と違うことをすることを大切にしている。」と言います。


たとえ世の中の動きや、周囲の反応と異なっても、自分が信じる道を突き進む勇気と行動力が、自分自身を新たな高みに導いてくれるのだと思いました。

 

太田さんは「運がよかった」と言いながら、人とのご縁について次のように語ってくれました。

『人との出逢いを怖がらない。
つまり、自分を大きく見せたり、小さく控えたりすることもせず、素で付き合うことを心がけている。』
と言います。


素で付き合うことからにじみ出る太田さんの誠実さや人柄の良さが、多くの人を惹きつけているのだと感じます。

 

 

<NEWS>

息子さん2人は、11月開催のワールドカップチリ大会に日本代表として出場します。

長男は監督、次男は日本のエースでの出場です。

 

 

今日の話が、あなたの気付きになれば幸いです。


「未来を創る子どもの先生」が育つ環境を創っていくために。
志と情熱のある方々と、ご縁で繋がっていけたら幸いです。

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