カミアカリ誕生 ~「奇跡」は不断の誠実な取組の先にある「必然」

カミアカリ誕生 ~「奇跡」は不断の誠実な取組の先にある「必然」

『越境トーク』~「未来を生きる子どもたちにいま何を教えるべきか」~

【「奇跡」は不断の努力の積み重ねの先にある「必然」である】

-Vol.10-2 稲作農家:松下さん-

 

 

突然変異株との出逢い 

 

カミアカリは、玄米の状態で比べると、明らかに胚芽の大きさが違って区別がつきますが、稲の姿だと他の稲と区別がつきません。それを発見した松下さんは、まさに神がかっています。

 

 

『 1998年の秋、稲刈りの時期を確認するために、コシヒカリが栽培されている圃場(田んぼ)に入って稲の様子を見て回っていました。

 

あと15mほども歩けば終わるという最後の圃場で、

何となく足が止まって、

何となく田んぼに入って、

そこにあった株を掴んで枯れ具合を見ました。


すると稲穂が他と違うことに気付き、もみ殻を剥いてみると、胚芽が通常の3~4倍の大きさでした。

驚いて株ごと取って自宅に持ち帰り、育種を始めました。

 

 

 

こんなことして意味あるの?


翌年から1粒ずつ1本植えし、より良く育っているものを選抜して、また植えて株を増やすという手作業を繰り返しました。

本業の傍ら2000本以上の種をまき、1本植えをします。

何日も優に潰れるので、

俺はいったい何をやっているのだろう

こんなことして意味があるのだろうか

と思ってしまうことも度々ありました。


ものすごい手間暇をかけ、ゴールがあるのかどうかもわからないプロセスを経ていったわけです。

 

この時自分を突き動かした根拠は、突然変異を見つけ、自宅に持ち帰って電灯の明かりに透かしてみた時に、「これはモノになる」と直感した、その感覚だけです。

 

途方もない作業を繰り返して、7年の歳月を経て、ついに新品種として認められるまでに育て上げました。

そして、農水省で品種登録をし、発見から10年後の2008年、巨大胚芽米「カミアカリ」として、正式に世の中に紹介されることになりました。

 

 

カミアカリとの出逢いを自分でも不思議に思い、ある時遺伝子の専門家に、新品種に出逢う確率を尋ねたことがあります。

すると、天文学的数値に近い確率だといわれました。


偶然見つけたにしてはあり得ない確率です。

私は、引き寄せられるように見つけた、つまり見つけたことは必然

きっと、稲の神様が、うちの田んぼに種をこぼして、この稲を私に託した  のだと考えています。

 

 

カミアカリの100年構想

 

神様から託されたカミアカリを100年先まで、質を落とさないで大切に育なければならないと思っています。

「悪貨は良貨を駆逐する」という言葉があります。

・・・ある技術や製品が生き残るためには、「作る努力」のみならず、「普及させる努力」もしくは「売る努力」が同じくらい、さらにはそれ以上必要とされるということだと解釈しています。


このため、カミアカリを世に出してからの10年間は、ほとんど外に出さず、仲間のお米屋さん(静岡市の安東米店さん)と一緒になって内々で栽培してきました。

まずはカミアカリとはどんな品種なのか、自分たちが知ることから始めました。

そして徐々に理解者を増やしていきました。


私たちは「カミアカリの100年構想」と呼んでいます。

100年先までこの品種が生き残れるシステムをつくることが、自分たちが生きている間の仕事・使命であると思って仲間と取り組んでいます。

 

 

突然変異に気付く農家さんは1%もいない、

さらに何年もかけて種から1つの品種に仕上げられる農家さんの存在自体が何万人に1人だと言われます。

 

まさにカミアカリ誕生は天文学的確率です。

 

仕事も趣味も特技も稲作という、寝ていても稲のことを考えるような、そのことをせずにはいられない、いわば稲作を使命にし、日々稲作を楽しんで生きている松下さんだからこそ、なせる業なのだと納得しました。

 

 

今日の話が、あなたの気付きになれば幸いです。


「未来を創る子どもの先生」が育つ環境を創っていくために。
志と情熱のある方々と、ご縁で繋がっていけたら幸いです。

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